■メンバー

L O川K次、K口A子、M浦H夫

■タイム

8月13日 06:00 太郎平小屋出発 – 07:20薬師沢小屋13:40 鷲羽岳北面登山道 – 15:20 雲ノ平山荘到着

台風一過・・・とはいえない空模様だったが、とにかく台風は去ったので不必要な荷物は太郎平小屋にデポして行動を開始した。途中、モーニングデザートのブルーベリー(クロウスゴorスノキ)を摘みながら1時間半ほどで薬師沢小屋に到着した。

先行パーティの話では水量は普段よりも30~50cmほど多いとの事、装備を整えて入渓する。左岸を先行Pの後についてゆく形で遡行していたが、途中から右岸に渡渉して先行した。左岸、右岸と渡渉を繰り返しながら進んでいくが、それなりの水量と水深があるので慎重に行動する。一ヶ所だけ3人スクラムで渡渉したが、6月の渡渉訓練が役に立った。それほどの困難も無く赤木沢の出合いに到着。左岸から赤木沢を横切って本流にかかるナイアガラと呼ばれる低い滝を越えた。

このナイアガラと呼ばれる滝は、川幅一杯にその落差を作り、そのスケール感と美しさは、ここ奥ノ廊下のハイライトと呼んでもいいだろう。

奥ノ廊下~黒部源流はここまでが楽しめる沢で、ここからはゴーロの川という感じになってくる。途中、左岸から太郎沢、右岸から祖父沢、祖母沢と合わせ、詰めてゆくと雪渓が現れた。慎重にこれを渉りながら見つけた野草を摘んでゆく。

やがて2番目の雪渓が現れ、結局三つの雪渓を越してゆくと、やがて鷲羽岳北面の登山道と出合った。

O川さんは脚の遅い私たちに先行して雲ノ平山荘へ食事と寝床の確保のために出発してくれた。私たちは大休止の後、急登を上る。振り返ると槍の穂先が三俣山荘の建つスカイラインから覗いていた。上に行くにしたがって変化する鷲羽~槍~三俣蓮華~黒部五郎の山景色はしばしば脚を止めなければならなかった。

やがて日本庭園と呼ばれる平坦路になる。ここで前日台風のためテン場から太郎平小屋に避難してきて知り合った3人組と出会った。今朝5時過ぎに小屋で挨拶を交わして、三俣蓮華のテン場に行くと言っていたはずだが、まだこんなところに居たんだ、、、、、

程なく左前方に雲ノ平山荘が見えてきた。手前下方には緑の中に色とりどりの花が咲いたようなテン場があった。沢筋をまっすぐ下降すればすぐ着いてしまいそうなところなのだが、そこからの、恐らくギリシャ庭園と呼ばれるところの木道が長かった。疲れた脚にはショートカットが羨ましい。

雲ノ平山荘は7月に営業を開始したばかり・・・というより、まだ未完成の小屋だった。自炊場所も洗面所も無く、トイレも和式で男女共用だった。

 

8月140615 雲ノ平山荘出発-薬師沢-太郎平小屋-折立

夜半から降り続く雨は出発間際になっても上がる気配はなかった。この日予定していた赤木沢はおそらく無理だろう・・と話しながら出発した。

山荘から呼称のつけられた庭園と呼ばれる湿地帯を抜けながら薬師沢に到着。昨日とは変わって濁流となっていた。ふと上流を見ると遡行して行く人の姿が左に消えてゆくところだった。あれは村中Pか・・・?などと話しながら、今日の赤木沢はこの時点で中止とし、太郎平小屋まで戻ることにした。

前日、源流部の後半で右アキレス腱を痛めていた私の様子を見ながら、その後の行動は決めることにした。雨は時折止むことはあったが降り続いている。太郎平小屋に着く頃には視界はますます悪く50mくらいになっていた。私の脚の状態はまずまずだったので、一気に折立まで下山することにした。登山道は風も強く、道はまるで沢の源頭部のようだった。沢靴の似合う登山道をひたすら辿る事3時間弱、折立に到着。こうして黒部源流の山行は終了した。

結果は雨に祟られた山行だったが、台風の日に小川さんが収穫したハナビラタケと言う希少な茸を食することができたり、木道のそこかしこで摘むことができたブルーベリーといい自然に恵まれた山行だった。

何より予定していた赤木沢には入れなかったが黒部源流は遡行することができ、この沢は下降も含めて黒部源流域の山行計画に幅をもたせてくれる知識を得ることが出来た。

最後に、自然の恵みを味わわせてくれたり、雪渓の歩き方を教わったり。美味しい食材と重い酒を大量に担いでくれたりしたO川さんに感謝します。

 

山小屋の詞 O川K次

まだ仮営業したばかりの「雲の平山荘」、ディナーも近いころになって、ノラジョーンズのSunriseがゆるく流れはじめた。山に入って3日目のことでした。白木も眩しい北海道の牛舎を思わせる安定感ある大きな山小屋。オーナーは、安曇野の30歳の青年です。ディナーに先立ち小屋開きの挨拶。励ましの声が飛び、パラパラ拍手が起こる。少し”はにかみ”満足げな青年。時を刻み始める旅立ちの山小屋です。

もうひとつは老舗の山小屋。富山側の「太郎平山荘」、折立から老若男女、色とりどりの登山者がこの小屋にのみ込まれる。8/11日(初日)我らも台風襲来とあって泊まることになる。夜半より時折叩きつける雨。翌8/12日、降りしきる雨の中、川となっている道を薬師沢小屋まで出かける。

途中、親子連れに出合う。お父さんに、「小屋はすぐそこですよ」と云うと、「助かった~!ありがとうございます!」と悲壮感伴う一言。降り続く雨、奪われる体温。加えて、濁流と化す登山道の心理的圧迫。この家族にとっての山小屋は、その先に在るはずの光明でした。

つぎに出合ったのは、雲の平まで行くと云う若者2人。ちょっと声をかけると「お互い気をつけましょう!」握手求められそうな、被災者同士の連帯感のようなものを感じているかのようです。そしてこの若者の明るさは、やはり山小屋があってのもの、山荘まで行けばいいのだ。安心できる!荒天時の小屋とはそういうものなのですね。

太郎平山荘に戻ると、ぬれ鼠の登山者が次々に入ってきていました。入口のタタキで、カッパから滴をしたたらせ、用件を伝えようとする登山者。その言葉が云い終わらぬうちに、「どうぞ上がってください。濡れたままでいいです。濡れた物は、乾燥室に入れて・・ちょっと休むだけ?構いませんよ。少しでも乾くでしょうから入れてください。」受付嬢が応じる。すると、ここのご主人と思われる太目のおじさんが溜まった床の水をモップで拭き取る。朝もやっていたので、ずっとこの仕事の係なのかもしれない。食堂の入口では、一つひとつのスリッパを雑巾で丁寧に拭いている女性がいる。連泊でも奇麗なシーツに変える。「乾いたものは出して、乾燥室、つぎの人に譲ってくださ~い!」お姉さんの大きな声が促します。

山荘に帰った時、太目のおじさんに、採取したキノコを見せ、詳しいひと居ませんか。と尋ねると、厨房の古参らしきお兄さんが飛んできて、「美味しいキノコだと思いますよ」といってから引返して図鑑まで持ってきて「ほらね!」やっぱりハナビラタケでした。と云って満足そう。少し自分たち用に裂いて、多くを厨房に贈呈したら、アルバイトの若者たちが写真を撮ったり暫く話題の中心に。忙しい中でも余裕の空気がありました。

小屋の人達の平易な快い行動にほんのり嬉しくなり、腕のか細いアルバイト君に代わって、大工仕事でも薪割りでも、チェーンソーでも、何かしら手伝いたくなりました。でも、それは必要ないでしょう。きちんと出来てるに違いないのです。

この彼らの手慣れた静かな連携の行動は、その根っこに、何かしらしなやかな物語を共有して、初めてできる”もてなし”のように感じます。そして、訪れる側にも黒部源流域ツアラーとしての物語と感情が有ります。自炊室で歓談する。食堂に集い明日の奇跡を願う。小屋いっぱいの接点に夏の詞(うた)が生まれます。日常のようでいながら、思いの粒子がきらめき遊ぶ山に集う蓄熱装置。それぞれの小屋には、それぞれ、絶え間なく流れる人の歴史と個性があるのだろうな。

長い登山歴にかかわらず、ぼくの営業小屋泊まり初体験。好奇心の翼が開きます。ノラジョーンズの山小屋は、どんな物語を育みつつ歩むんでしょうか。いつの日にか、再訪する時が楽しみでなりません。