Y田(L)、D介、N島、M井
28日 晴
7時葛温泉のゲート発、林道を歩き高瀬ダムを登り、長い林道歩きを経て硫黄尾根に乗る。積雪多し。
29日 風雪
硫黄岳ジャンダルムを超え、小次郎のコルに下降して登り返すも、どラッセル、というか、胸までのくそラッセルに苦労する、新雪は踏みしめても踏みしめてもステップを切れない、その雪の下にガラガラのいやらしい岩場がある。小次郎のコルからちょい上がったところで幕。
30日 雪→晴
再び腰ラッセル、トップを空身とし、交代で進む。ようやく硫黄岳の山頂に立ち、硫黄尾根の全容を目にしてぎょっとする。凄まじい岩稜の連なり、さながら巨大なゴジラの背、正気の沙汰ではないが、雷鳥ルンゼを下降して入っていく。岩稜を交わしながら硫黄岳南峰手前に幕。
31日 晴
勝負の日、赤岳ジャンダルム群に入る。1ピッチザイルを出したが、ほかはみなフリーで登る。難しい登攀はないが、悪場、脆い岩場になれていないと難しい。またルートファインディングに長けていないと時間を食うであろう。ようやく中山沢のコルに辿り着きこれまた激ラッセルを経て赤岳を登る。振り返ると我々が踏んできたゴジラの背びれがくっきりと青空に映え、その向こうに槍が見える。明日はあそこまで行かねばならぬ。時間切れで白樺平に達せず、赤岳主峰群p3手前にて幕。生まれて初めて紅白なるものをラジオで聞くが、何が面白いのかさっぱりわからず。
1日 雪→風雪
赤岳主峰群には難所はなく、容易に白樺平に至るが、再び激ラッセルに苦しみ、ワカンアイゼンで進む。一か所、幅30㎝ほどの細い岩稜、両側がすっぱりと切れ落ちたところをワカンアイゼンで突破する羽目に陥り、これは緊張した。登山大系には「白樺平を過ぎたら西鎌尾根はすぐそこ」なんて書いてあるが大ウソである。
4時間かけて、1日午前10時、ようやく西鎌尾根に合流する。視界不良。最初は20分暴風雪、20分平穏、を繰り返す天候だったが、次第に暴風雪の時間が長く激しくなり、千丈沢乗越に近づくころには飛騨側から吹き上げる爆風に、耐風姿勢をとっても吹っ飛ばされそうになり、慎重に進むが、飲まず食わずの長時間行動と(飲み食いできるような天候ではない)、吹雪に体力を奪われる。ひたすら歩き続ける。ようやく千丈沢乗越に辿り着いた時、パーティで一番若い男の子は目に涙を浮かべていた。
爆風の中に一気に突っ込み、飛騨側へ。またもどラッセルだが、しばらく高度を下げるとようやく吹雪もおさまってくる。疲れ果てたころに槍平避難小屋。ようやくたいらで安全なところで快眠する。まだ、硫黄尾根を無事終えたことが信じられない。
2日 雪→曇
再びラッセル。正月だし、誰か入ってるだろうと期待していたのに、再びラッセル。正月は槍だろう。誰か入ってくれ。。。
結局白出沢まで延々とラッセルを続け、ようやく、トレースに巡り合い、ラクになる。と同時に、終わった、硫黄尾根が終わったのだ。。。という感慨がこみあげる。今回を振り返りながら、新穂高のゲートに着いた。
振り返れば今でも自分に、厳冬期硫黄尾根に挑む資格があったろうかと疑わしい。だが我らのパーティリーダーは極めて優れた技量と判断力を持ち、硫黄尾根のリーダーとして最適だったし、他3名のメンバーもそれぞれ、少しずつは硫黄尾根に挑む力を持っていたのだろう。それらが総合的に発揮されて、1人として、指ひとつ鼻一つ欠けることなく、全員無事に硫黄尾根を完登して降りてくることができたのだし、またここに至る背景には、それぞれの登山を支えてくれた仲間や家族、そして職場があり、その支えあってこその完登である。
今後とも公私ともに、より高みを目指して精進していきたい。
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