メンバー:S藤ヒロ(単独)

○タイムスタンプ
3/8(小雪)
 4:30大湯温泉~6:00駒ノ湯~7:30桑ノ木沢出合~家ノ串尾根~金山沢出合
~正面尾根~980mBP
  3/9(快晴)
 BP6:00~14:30郡界尾根~池ノ塔BP
3/10(快晴)
 BP7:00~池ノ塔尾根下降~駒ノ湯~15:30大湯温泉

 

越後駒ヶ岳の正面尾根は数年前から登りたいと考えていた。
大好きな越後駒ケ岳、佐梨川最奥で雪山沢と金山沢とを二分する尾根、地形図から読み取れる鋭い容姿、それだけで惹きつけるには十分だった。
先シーズンには、ボッカトレ、ラッセルトレと二回の偵察を行い、六日間の予定で正月に入山したが、連日の大雪で正面尾根に触れる事すら出来ず、際どい脱出行になってしまった。
しかし、その山行で本気の越後の冬を肌で感じられた事はとても大きな収穫となった。
今シーズンは12月にボッカトレと二回の偵察を行い、他の山行を組まずにチャンスを伺っていた。
その間、ボッカトレとランニングを繰り返し行い、いつでも計画を実行出来る準備を整えていた。
3/8~10に休みが取れたので、好条件とは言い難いが計画を立てた。
これが今年のラストチャンスとなるだろう。

 

3/8 大湯温泉街外れの除雪最終地点に車を停め、雪に覆われた林道を歩き出す。ここ数日での積雪は20cm位、全体的の積雪量は、この季節としては、やや少なめだろうか。
どんよりとした曇り空からは小雪が舞っているが、視界はある。
3時間程で桑ノ木沢出合の林道終了点に着く事が出来た。思ったよりいいペースだ。
ここから先は佐梨川が埋まっている事を期待していたが、水流が出ていたので家ノ串尾根を末端から登る事にした。
高度を上げるごとに積雪量は増し、膝位までのラッセルとなる。正面尾根末端よりやや下流側に繋がる沢状の地形から家ノ串尾根を下降する。

谷から正面尾根を見上げると稜上にはキノコ雪が乗り、側壁の雪は剥がれ落ちている。取り付けそうな場所を探し、金山沢を奥へと進む。
直ぐ先の、天を突き上げるようにそそり立つ金山沢奥壁を見上げ、その迫力に息を飲む。
夏には姿を現す金山沢の大きなナメ滝を越えた先で正面尾根に取り付いた。
正面尾根の痩せたリッジ上には不安定なキノコ雪が続いている。

気が滅入るようなキノコ雪の登行に時間を費やす。
キノコ雪のリッジが終わると一気に傾斜が増し、全層で雪が剥がれ落ち、藪スラブが剥き出しになっている。
スラブに張り付いた新雪を祓い、アイゼンの前爪を置くスタンスを探しながら、一歩一歩高度を稼ぐ。途中、スタンスが無く、どうしても登れない場所に行き当たってしまった。
何度かトライしている内に枝を掴んでいる手の握力が限界に近づいてしまった。そうこうしている内に日が暮れてしまい、藪からセルフを取り、ヘッ電を装着し、ロープを出す事にした。ロープを出す判断が遅れ、危ない思いをしてしまった事を反省した。
空身で30m程ロープを伸ばすと尾根上に残った積雪により出来た3m位のハング帯に突き当たってしまった。ハングの下に人ひとりがやっと横になれそうなバンドを見つけ、こに無理やりテントを張った。その頃、降り続いていた雪がようやく止んだ。
その夜は、疲労とその先の不安により酒が進まず、無理やり夕食を詰め込んだ。装備の乾燥が終わる頃には、すでに夜中になっていた。

 

3/9 朝、起きると昨日とは打って変わって、予報通りの快晴。
ロープを結び、目の前の雪のハングを左に回り込んでから乗っ越すと広い雪面のリッジに出る。見上げる雪面の先には岩峰が連なっている。
これまで撮り溜めた写真や航空写真等から核心となるだろうと予想していた場所だ。垂直に切り立った岩峰を避けるように、右に左にとルートを取り、進んで行く。

そのうち日が高くなり気温が上がり出すと、周りを取り囲む奥壁の急峻なルンゼから、一気に雪崩が発生し始めた。
あっという間に無数のルンゼは雪崩の滝と化し、谷底では茶色く濁ったデブリが不気味に蠢いている。
退路は途絶えたと言いたいところだが、この先ルートを見出だす事が出来なければ、降りる他無い。
祈るような気持ちを胸に秘め、今は目の前にある登攀に集中する事にしよう。

凄まじい高度感の中での岩と雪の登攀に没頭する。
登るごとに近づく郡界尾根の稜線は巨大な雪庇に閉ざされている。
果たして弱点はあるのだろうか?
ここから下降する事は可能だろうか?
正面尾根の終盤、ドーム状のリッジ上に立つと、左の金山沢側から交わるルンゼ状雪壁が稜線に突き上げる所で雪庇が途切れている。これでやっと可能性が繋がった。
左へトラバースしてルンゼに入ると、足元の直ぐ下からスッパリと切れ落ち、空間が広がっている。そこは第五スラブの落ち口だろうか?
ここで足を滑らせば次の瞬間には金山沢の高さ600mの空間に放り出されるのか、と嫌な想像が頭を過ぎる。
稜線へと続く雪壁は登るごとに傾斜が増していく。
あと、数メートルという所でキックステップの決まりが悪くなってくる。スラブに張り付いた雪が薄いようだ。雪を剥がさないように一歩一歩慎重に体を引き上げる。とてつもなく時間が長く感じる。
やがて傾斜が落ちてきた。呼吸を乱して這い上がると、陽の光が燦燦と降り注ぐ、広大な郡界尾根の上にいた。

やっと、終わった。 もう十分だ。 帰ろう。

郡界尾根を計画とは逆の下り方面へと歩き出す。
それまでの緊張から開放されると、それと入れ替わるように疲労感に襲われる。
早々に、池ノ塔のピークにテントを張り、西の空を紅く染めながら沈む夕日を肴に酒を楽しんだ。

 

3/10 今日は下りるだけだ。
快晴の下、池ノ塔尾根の下降を楽しむ事にしよう。
池ノ塔尾根は変化に富んでいて楽しさの詰まった尾根だ。
途中、あまりにも細いトレースが一本刻まれた正面尾根を眺め、登り終える事が出来た喜びを噛み締めた。