みなさん、こんにちは。ぶなの会です。 山を愛する私たちにとって、山頂を目指すことと同じくらい大切なのは、無事に下山し、日常へと帰り着くことです。何よりも安全を優先することは、ぶなの会が活動の基盤として常に意識している姿勢です。しかし、厳しい自然を相手にする以上、どれほど準備を尽くしても、予期せぬリスクを完全になくすことは容易ではありません。
そこでぶなの会では、新しい試みとして、GoogleのAIツール「NotebookLM」を活用した安全啓発への取り組みを始めました。今回は、私たちがなぜAIを導入し、どのような想いで安全情報をお届けしているのか、その背景をお伝えします。
埃をかぶっていた「山の記憶」を、生きた知恵に変える
ぶなの会には、歴代の会員たちが残してくれた膨大な「山行記録」や「事故報告書」、そして日々の活動で得られた貴重な「ヒヤリハット」の記録があります。
一文字一文字に当時の緊張感や反省が刻まれたこれらの記録は、まさに会の宝であり、安全登山のバイブルです。しかし、その膨大な量ゆえに、過去の教訓をすべて読み解き、今の活動に即座に活かすことは容易ではありませんでした。
そこで私たちは「NotebookLM」の力を借りることにしました。数十年にわたる記録をAIに読み込ませることで、個人の記憶の中に埋もれさせてはいけないリスクを、会全体の「共有財産」として再び光を当てることが可能になったのです。

データの裏側にある「遭難の予兆」を掬い上げる
AIは、膨大なテキストデータの中から、人間が気づきにくい「リスクの共通項」を多角的に見つけ出してくれます。
- 活動やシーズンに潜む傾向: 「この時期のこの活動では、過去にこうしたミスが起きやすい」といった傾向を、客観的なデータとして抽出します。
- 複雑な事象の可視化: 複数の要因が複雑に絡み合う事故は、文字情報だけではその背景を読み解き、共通認識を持つことが困難です。AIによって因果関係を整理し、インフォグラフィック(図解)として視覚的に表現することで、事故に至るプロセスを直感的に捉え、深い理解を助けます。
- 外部知見との統合: 私たちは会内の記録だけに閉じこもることはありません。公的機関や他団体から発信される最新の遭難事例や気象統計など、有益な外部情報も積極的に取り込み、NotebookLMを通じて解析・統合しています。
これにより、これまでは「なんとなく危ない」と感じていた経験則が、具体的な注意点としてより鮮明に見えるようになりました。

タイムリーに分かりやすく。Slackや会報での新しい発信
分析した情報は、必要な時に、必要な形でお届けすることを大切にしています。
1. 現場感覚を忘れない「Slack」での共有
会内のSlack(遭難対策チャンネル)では、「今月の注意ポイント」を定期的に発信しています。例えば「年末年始シーズンの雪山登山で、特に私たちが注意すべきこと」など、これから山へ向かう会員の皆さんの背中をそっと押すような、タイムリーな情報を届けています。
Slackによるクイックな共有が極めて有効なのは、何よりもその「即時性」と「手軽さ」にあります。移動中の電車内や、まさにこれから山へ入ろうとする登山口など、本格的な報告書を読み込む余裕がない場面でも、スマートフォン一つで重要なエッセンスを短時間で確認できるからです。入山直前の数分間で、AIが整理したリスク要因や図解を直感的に把握できる仕組みを整えることで、より実効性の高い注意喚起が可能となりました。
2. 若手の学びを支える「対話型」の検索
NotebookLMの大きな強みは、各会員がAIを相手に「対話」をしながら過去の知見を探れる点にあります。特に、入会したばかりの若手会員にとって、このツールは知識をアップデートするための心強い味方となります。
これまでの会報や膨大な資料をアーカイブ化した環境に対し、会員はチャット形式で自由に質問を投げかけることができます。「この活動で初級者が起こしやすいミスは?」といった具体的な問いに対し、AIは過去のあらゆる記録を横断し、即座に答えを導き出します。情報をただ待つのではなく、自らの疑問を起点に、先輩たちが長年積み上げてきた「ぶなの会の知恵」を能動的に吸収していく。こうした学びのプロセスが、次世代の安全意識を確実に支えています。
3. 進化する「会報」の安全記事
長年親しまれてきた会報の安全啓発記事。これまでの良さはそのままに、今後はAIが要約した過去の貴重な事例ベースの解説も順次加えていく予定です。NotebookLMが得意とするインフォグラフィックや音声・動画作成、スライド作成機能なども活用し、初心者の方からベテランの方まで、より直感的に「危ない」を理解できる工夫を凝らしていきます。

AIが広げるのは、安全の「ベースライン」
私たちは、AIを万能な存在とは考えていません。AIの役割は、膨大なデータから教訓を整理し、安全啓発の「ベースライン」をぐっと引き上げることです。
特に近年では、これまでストックすることが難しかった「例会での事故検証に関する議論や対話」も、自動文字起こしを活用することで新たな情報源として追加できるようになりました。現場の生々しいやり取りや、ベテランから若手へ引き継がれる細かなニュアンスがデータとして蓄積されることで、私たちのデータベースはさらに厚みを増しています。
全ての情報を常に完璧にキャッチアップし続けることは容易ではありませんが、こうした発信を通じて、会員の意識の深層に安全への配慮を少しずつ浸透させ、山行中のふとした瞬間にリスクを察知できる「気づき」を与えること。この地道な意識の積み重ねこそが、事故を未然に防ぐための強力な防波堤になると私たちは信じています。
そしてその土台の上に、山を熟知した経験豊富な会員が、AIの分析とはまた別の視点から「現場の生のアドバイス」を書き添えます。テクノロジーが客観的な事実や傾向を整理し、人間がその時々の状況に応じた具体的な知恵を付け加える。この二つの視点が並び立つことで、初めて実効性のある、ぶなの会らしいアドバイスになると信じています。

おわりに
ぶなの会では自分の失敗やヒヤリとした経験を、仲間と包み隠さず共有し合う誠実な文化を目指しています。
そのリアルな声が積み重なるほど、AIはより深く学び、私たちに確かな知恵を返してくれます。テクノロジーを賢く使いながら、私たちはこれからも「安全」を他人任せにぜず、自分たちの手で、そして全員の知恵で守り続けていきます。
山を愛する皆さまとともに、これからも安全で実りある山行を積み重ねていけることを願っています。