ルート:早月尾根~剱沢~室堂

メンバー:L,M山H夫、N島H博、M浦H夫、K口J子、S野Y

■5月3日(土)快晴 (記:K口J子)
馬場島8:00~早月小屋14:50

5/2深夜上野駅から夜行列車「能登」に乗り込む。自由席、指定席ともに満席。M山さんが席の下(足元)に横になってくれた。合宿参加を決めてからの訓練山行で習ったロープワークを反復しながら、2席占領して浅い眠りに着いた。翌朝5時30分ごろ滑川駅着。自由席に乗っていたN島H博さんと合流。
乗り継ぎ電車を待つ間トゲトゲした剣岳を見ながらパンをお腹に流し込み(はあ~緊張)。上市で仙台から11時間かけて来たというS野さんと合流。

眩しい日差しの中、共同装備を分担、馬場島を出発~。
先頭のN島H博さんの次を歩きます。夏道を進む。暑い、すぐ汗が吹き出す。カタクリやイワウチワが沢山咲いている。雪山へ向かっているのを忘れさせる気候と花たち。緊張が溶けていく。
雪が出てきても常に、歩きやすいトレースをつけて歩いてくれていたので順調。一時間ごとの休憩をとりながら、14時50分早月小屋到着!!!

明日はいよいよ、頂上直下のカリカリ氷と苦手な下り。緊張しながら強風の中眠りにつきました。

■5月4日(日)晴れ (記:N島H博)
早月小屋 6:30~剣岳頂上11:45~平蔵谷 14:00~剣沢出合い15:10~剣沢途中BP 15:40

4時起床、朝食の準備中も何人かがテントの横を通り過ぎる。
外に出てみると立山川を挟んで、向こうに見える大日・奥大日が朝日を浴びてピンクに染まっている。反対の小窓尾根からは、まさにこれから太陽が顔を出そうとしている。テントを撤収して、重い荷物を背負い、まぶしい朝日の中を出発(6:30)。

雪は適度に締まっており、アイゼンが効く。稜線には足跡が階段状につながっていて迷うことは無い。昨日と同じ、N島、K口さん、S野さん、M浦さん、M山さんの順に歩き始める。振り返ると馬場島、その向こうに富山平野と日本海がはっきり見える。今日もずっと天気は良さそうだ。

1時間ほど歩くと、前方から萩原さんパーティの2人と交差。翌週結婚予定の奥様とGW前半は毛勝山に入り、富山でパートナーを交換して、今日で5日目とのこと。結婚式前なのにすっかり日焼けしている。記念写真を撮って互いの安全登山を交わして分かれる(7:45)。

ルートはときどき急な雪壁を超え、リッジになり、ハイマツ帯を抜けて着実に標高を上げていく。あまりメンバー間の間隔が広がらないよう、立ち止まりながらペースを調整するが、荷物が大きいM浦さんが少し遅れ気味になってくる。すぐ後ろのK口さんは多少、息を切らしながらもピッタリ付いて来る。安定していて、なかなかの体力の持ち主と見た。聞くと、特にこれまでスポーツを続けてきたわけではないが、お父さんがラガーマンで山をやったりもするらしく、その血を引いているのでは?とのこと。「早月は技術よりも体力」と言うと「私にぴったり」と自分でも体力派と認識している様子。

30~40分歩いて、少し休憩を入れるペースでのんびり登る。2800m付近の急斜面を下りパーティが懸垂下降の渋滞を起こしており、登りのトレースと重なるのでここで大休止。以前、雪の季節に来たときは懸垂などせず、向かって左の雪壁を歩いて降りた記憶がある。

この斜面を抜けるとピークまでは安定した登りが続く。左右を岩に挟まれた最後のルンゼも、ステップが安定しておりロープを出すことも無い。抜けたところにある別山尾根との分岐を示す標識で、トップをM浦さんとK口さんに交代する。剣岳の頂上はもう近い。ピークに近づくと20~30人の人だかりにⅠ藤さんとM島さんがいた。

近くには常陸さんもいて、長次郎雪渓を詰めてきたとのこと。再開と登頂を祝って、S野さんが担いできたビールで乾杯。後立山連峰から北アルプス南部まで、背後には白山、能登半島と富山湾が見渡せる。ぶなメンバー全員で記念撮影(11:45)。

頂上直下から平蔵谷を滑るボーダー2人とスキーヤー1人を見送り、平蔵谷を下るのであれば同じルートが使えると判断したが、これは誤りだった。最初の15m程はバックステップで降りて、あとは雪も適度に緩んでいて真っ直ぐ下に向かって歩けるのだが、斜度がそこそこあり、慣れないメンバーはロープが必要になった。
確かに滑落して加速してしまうと止まりそうにない斜面なので、全員の安全を考えると別山尾根を少し下降して平蔵谷に入るべきだったと反省。

ときどき発生する人為的な雪崩をよけながら、2本のスノーバーとアックスのアンカーで支点を取りながらM島さんパーティと混成で安全なところまで下る(14:00)。正面には真砂岳が見え、上部から真砂沢に滑り降りたシュプールが確認できる。小規模な雪崩が通った溝を使ってシリセードするためにアイゼンとハーネスをザックにしまって、軽快にカッ飛ばす。15時の交信でM山さんが勇さんパーティ、石原さんパーティと話しているのを聞くと、今日は剣沢小屋まで行かずに、雪渓の途中でテントを張るとのこと。ロープの回収を待っていたⅠ藤さんが慌ててM島さん等を追いかける。彼等は今日のうちに剣沢のベースまで戻らないといけないのだ。

僕はそこからさらにシリセード。ゆっくり進む雪崩のブロックに追いつき、雪崩の上に乗って一緒に運んでもらう。まるで動く歩道に乗っているみたいで快適。追いついたⅠ藤さんの横を雪崩とともに通り過ぎていく。

剣沢との出合い手前で流れ出る水で水筒を満たし、今夜の幕営地まで少し登る。ここでM島さんパーティとはお別れ。テント場を整地しているうちに別山尾根に日が暮れるが、6時半くらいまでは明るい(15:40)。
夜はM浦さんの豚トン汁を腹いっぱいいただく。一日中、晴天に恵まれて楽しい剣岳登頂となった。

■5月5日(月) 曇のち雨のち嵐(雪)(記:M浦H夫)
剱沢雪渓7:50~剱沢小屋9:00

事前予報で天気が崩れることが分かっていた今日は、前日に核心部をこなしたこともあってか、朝からゆったりした気分で朝食を取っていると、外から 「オーイ、ぶな!オーイ、ぶな!」 と呼ぶ声が… 岡村さんだった…
前田さんと地蔵谷に登ると言う…
ひとしきり話をして、食べ終わって出発の準備をしていると、前田さんが戻って来て、塩見Pがやって来ると言う…。装備を整えて待っていると、平蔵谷出合の方から佐藤進さんを先頭に塩見さん、小川さん、高山さんがやって来た。

挨拶やお互いの行動報告などを話しあってから、前田さんを含めた10人で剱沢小屋に向かった。天場には源次郎Pと、長次郎Pの残りの二人、Ⅰ藤さんと淳生さんがいた。9時の交信で赤谷Pが剱岳登頂目前とのこと、10時半の再交信で赤谷Pが剱沢小屋に降りてくれば待つことに、降りて来なければ下山することに決めて、雷鳥を撮ったり、取り敢えずのテントを張ったりしている内に交信が始まり、こちらに降りて来ることになった…。

それでは本格的にテントを設営しましょうと、各Pそれぞれが準備と再設営にかかった。嶋津Pの設営地の準備も整った頃から雨も落ちて来て、各Pごとにテントの中で休んでいた2時前、嶋津さん野村さんがずぶ濡れで到着。田中さんは30分程後方とのこと、石原さんが迎えに行く。

そんなこんなで時間が経過してゆき、やがて交信の取れなかった弥さんも到着。メンバーが揃い、雨脚が強まる中、二つのテントに分かれて宴会が始まった。しかし、外はやがて嵐となり、夜半には雪となって5月とは思えないほど冷え込んだ一日となりました。

■5月6日(火)快晴(記:S野Y)
剣沢小屋08:00~剣沢乗越08:40~室堂11:30

5日午後から降り始めた雨は、やがて風も連れてきた。May Stormの到来だ。武将剣岳は、ご乱心の様子。季節の変わり目に情緒が不安定になるのは、人間だけではないようだ。何に腹を立てているのだろう。きっと、いろいろあるんだろうなあ、たぶん。

風の唸り声に続いて、テントの布地を離れた水滴が、シュラフから出た顔に落ちてくる。まあ、最後の晩だから、我慢しよう。「ゴー」「バタバタ」「パラパラ」、こんなサイクルに慣れてくる頃には、心地よい眠りに落ちてしまった。日が暮れてから、雨は雪に変わったようだ。夜中にテントの周囲を除雪するスコップの音で知る。「満天の星空だ!」と、N島くんの歓声も耳に届く。
早朝の剣岳は、昨日まで黒かった岩肌が薄っすらと白み、煤けた雪面は白さを増した。再び研がれた稜線を前に、一晩辛抱した甲斐があったなと思う。

皆で集合写真を撮った後、剣沢乗越へ向かう。前方のコルからは、次から次へと、スキーの人影が現れ滑って来る。そうした習性は、天気が良くなると何処からともなく雪面に姿を見せる「セッケイカワゲラ」と、よく似ているなと思う。山の中では、人も虫も、吹けば飛ぶようなごま粒どうし。スキーでシール登高中は、譲り合いの精神を忘れず、仲良くしなくちゃ。

久しぶりに入った北アルプスの懐で、自分はどう感じるのか。それが、今回の山行における個人的興味の一つだった。結果は、「東北の山」も「北アルプス」も、同じ日本の山だということ。あたりまえか。もちろん、剣岳とその参謀たちの放つ強烈な個性には感動した。何よりも嬉しかったのは、剣岳の山頂でM島さんとお会いできたこと。中野駅前の居酒屋でワイワイやるのももちろん楽しい。けれど、山の上だと、酒や言葉を交わさなくとも、心の芯と芯が通じ合うからいいな。

剣沢乗越に近付くにつれ、都会の雰囲気が漂ってくる。コルから反対側の室堂を見下ろすと、風景が一変する。
そこは、下界のコンタラインの中に、完全に飲み込まれていた。さすが北アルプス。東北の山とは格が違う。そう感じた瞬間だった。と、背後に視線を感じる。剣岳そして八峰と源次郎尾根、最後の挨拶を忘れていた。

「お世話になりました。では、また。」でも、次に会えるのはいつかな。眼下には、バスターミナルの建物が米粒のように見える。さて、ぼちぼち歩くとするか。雷鳥沢の広大な斜面は、既に雪の砂漠と化していた。まるで、非日常と日常を隔てる真空地帯のように。ふー、息が苦しい~。

以下メンバーのコメントです。
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■リーダー報告:M山H夫
とにかく最低限の雪山技術を身につけてもらいたいと、3月~4月とほぼ毎週のようにトレーニング山行を続けてきた。M浦さん、K口さん、愚痴もこぼさずについてきてくれてありがとう。N島君、S野さんのサポート申し出はとてもうれしかった。新人を剱に連れて行くのにどう安全を担保するか、切実な問題だったからだ。 

結果的には比較的天候にも恵まれ、事故も無く雄大な剱岳を堪能できた。鉄鉋さんの不参加は残念だったが、メンバー5人、互いに補い合って、思い出に残る山行が出来たことを感謝します。

■K口コメント
初級雪山卒業山行、剣岳早月尾根。好天気に恵まれカリカリ氷は無し。トレースがしっかりしていたので、ユマールの出番は無し。みんなが心配していな難所はありませんでした。でも、私的にはこわ~い箇所がいっぱいの剣岳でした。

N島H博さんに習った登りの歩き方、S野さんがビッタリ付いて教えてくださった、バッグステップ。直ぐにでも練習したい。来シーズンが待ち遠しいです。慣れないテント生活のため、「ぼーっと見ているだけ」が多かった気がします。次はもっと役にたてるはず。これに懲りず次回もよろしくお願いします。
最後に合宿参加が決まってから何週も訓練山行に付き合ってくださったM山さん、ありがとうございました。

■N島コメント
急行能登の自由席に座るため9時前に上野駅に着いたが、そこまで早く行く必要はなかった様子。時間つぶしに買った新田次郎の「剣岳<点の記>」を読み始めた。N島S子さんと一緒になり、能登では読書の必要が無かったが、帰ってきてから読み進め、先ほど終わった。早月尾根を歩いているときも話題になり、柴崎測量官も早月を登ったのだろうと話していたが、初登ルートは実はM島さんパーティが登った長次郎雪渓だったらしい。

しかし柴崎測量官が剣岳の頂上に達するとそこには奈良時代に修験者が既にそこを訪れていた証拠となる剣の山頂で錫丈の頭と錆びた剣を発見する。その史実については「山と高原地図」にも噴き出しで記述されていて知っていた。今回、この小説を読んで立山博物館にある錫丈の頭と錆びた剣を見てみたいと思った。来年公開の映画も必見ですね。